オファーがきた時の心境
『ルート29』のお話をいただくまで、映画やドラマの撮影を1年弱ほどお休みしていたんです。その間「次の作品は、縁を感じるものや運命を感じるものをやりたい」とずっと思っていました。そうして今回のお話をいただいたのですが、台本を読んだら、すごく優しい時間が流れていて、自然と涙が流れていました。自分自身、1年弱ものお休みは初めてのことでしたが、この作品なら気負わずスッと入っていけそうな気がして。加えて、森井勇佑監督の前作『こちらあみ子』が大好きだったので、(あみ子役の)大沢一菜ちゃんに会ってみたいという気持ちもあり、やってみようと思いました。
台本を読んだ時の感想
のり子は誰かと交わることもなく、自分の生活を淡々と生きている人。過去に何かがあったのか、積極的に人とつながりを持とうとはしていません。それを心のどこかで寂しく思う気持ちもあったのかなと。だからこそハルとの旅を通して、初めてさまざまな“感情”をもらい、心が明るくなっていくんです。台本を読み終わった後、最後のページに「のり子、ハルに出会えてよかったね」と感想を書いてしまうほど、自然と物語に入り込んでいって……。読めば読むほど毎回大好きになる不思議な台本でしたね。
森井勇佑監督の印象
私は森井監督がかけてくださる“言葉”がすごく好きで、言われた言葉はメモをとって、忘れないようにしようと思いました。たとえば「のり子の中には“宇宙”があって、そのおかげで心が満たされている豊かな人なんです」というお話や、演出してくださる時の「心に隙間がある感じでお願いします」という表現も印象に残っています。監督の中で撮りたい画がしっかりあって、テストをせずにすぐに本番なのも新鮮でしたね。いざカメラが回る時にも「自分が感じたら始めてください」と、まるでドキュメンタリーのようにその時に生まれた生々しさを大切にされているというか、私たちの心の機微やひだを大事にしてくださる気持ちが嬉しかったですね。だから私も「ここでセリフを言おう」と頭で考えるのではなく、言葉を発するタイミングすらも“宇宙”に委ねたいと思いながら演じていました。
撮影現場の雰囲気
スタッフさんがみんな優しくて、フワーっとしている感じでした。撮影中は、物語同様に優しい時間がずっと流れていて、いらいらしたり急かせかしたりする瞬間がなかったです。一菜ちゃんとスタッフさんの掛け合いを見ていても、“親戚のおじさんたちが夏休みに集まっている時間”に見えるほど(笑)、穏やかな時間を過ごしていました。みんなそれぞれ自分の“宇宙”を持って集まっている現場でしたね。
大沢一菜との共演について
第一印象は「あ、あみ子だ! 本物がいる!」(笑)。最初は目を合わせても、下を向いてしまうぐらいシャイで恥ずかしがり屋さんなところがあり、それはそれでその姿が愛おしかったんですが、気づいたらちょっとずつ、ちょっとずつ近くに来てくれた感じがありました。
雨に濡れるシーンの撮影の後、「大丈夫?風邪ひいちゃダメだから」とふいに大人っぽいことを言うなど優しくて気遣いのできる人。「かっこいい!」と思わずキュンとしてしまう瞬間がたくさんありました。それに、どの表情も絵になるので、ずっと追っていたい監督の気持ちがすごくわかる。私もカメラマンさんなら「もうちょっと撮らせて!」と粘ってしまうだろうなって(笑)。何かを掴む力もとても早いし、かといって余計なものを纏っていなく、発する言葉一つ一つがシンプルだけど優しくて面白くて真髄をついている。誰よりも大人かもしれない一菜ちゃんを見ていてこちらも学ぶことが多かったですし、本当に魅力的でした。
のり子にとってハルとは?
のり子が自分の宇宙を持っている豊かな人という意味では、ハルもそうだから、共鳴する部分が多かったんだと思います。常識や固定概念にとらわれず、“ただそこにいる”。だからこそお互いに心を開いて話せたし、のり子も被っていたヴェールが取れていく。2人は似ていますよね。のり子もきっと小さい頃はハルのような子どもで、それがうまく人と交われなくて、心を閉ざしていったのかもしれないと思いながら演じていました。
『ルート29』の魅力について
ハルをはじめ、出会う人々が不思議で魅力的な人ばかりで、生きているのか生きていないのかがわからない。映像のかわいらしさも相まって、観終わった後に「生きるっていいな」と勇気をもらえる映画だと思います。一方で、生と死の境目を曖昧にすることで「死ぬことを怖がることもない」という不思議な感覚になる瞬間がありました。みんなひとつに繋がっている感じもあって、温かい気持ちになれます。一見ファンタジーな物語だけど、生きることと死ぬことや、ひとりぼっちの女性が心を開いていく過程など、誰しもが共感できる普遍的なテーマを描いている作品だと思います。